今月のメッセージ : 待つ、羊飼いのように    ルカによる福音書2:8-20
投稿者 : webmaster 投稿日時: 2015-12-09 (382 ヒット)

金 迅野 NCC書記

イエスの誕生の知らせを告げられた羊飼いたちは「野宿」していたとあります(ルカによる福音書2:8)。さしずめ現代都市なら「路上生活者」ということになるでしょうか。彼らは差別される存在で、中世においては賤民とされたといいます。

ところで、なぜ、「天使=よき知らせ」が、真っ先に彼らのもとに到達したのでしょうか。それは、彼らが、自分たちを差別する人々の羊の「見張り」をしながら、このような辛い時代はいつか克服される、そういう時がいつか必ず来る、そう願って「見張り役」「歩哨」のように、誰よりもずっと切実に、「よき知らせ」を「待って」いたからではないでしょうか。だからこそ、「知らせ」は真っ先に彼らのもとにやってきたのではないでしょうか。

聖書の羊飼いたちのように、「路上」に、あるいは保護の「外」におかれている存在はいまも存在します。パレスティナ、イラク、アフガニスタン、シリア・・・・・・この地にも、明日を望む希望をいま手にしていない人々が多くいます。そして、「自己責任」という言葉に駆り立てられて走り続けた歩みをふと止めてみたとき、気がつけば、心の中の希望がかすんでしまっている・・・・・・私も、あなたも、そのように感じることはないでしょうか。

しかし、「ここに希望がない」からこそ、希望の到来をほんとうの意味で「待つ」ことができるとも言えないでしょうか。「ここに希望が欠けている」からこそ、神さまが「ここ」に「希望」をもたらしてくださることを信じて心底「待つ」ことができると。

私たちのまことの「羊飼い」、イエス・キリストを、聖書の「羊飼い」のように心から「待つ」ことができる私たちでありたいと思います。