わたしたちの使命
アジア9条宗教者会議
2009年12月 ソウル
初めに
20世紀に世界は地獄を見た。20世紀に人類は2度までも世界大戦を経験し、一億人以上の人を殺しました。そして現在では、人類全体を絶滅させることのできる核兵器を人類は所有しているのです。
このような原水爆という大量破壊兵器を人類が持つようになったことについて、1955年のラッセル・アインシュタイン宣言は、「私たちの人類に絶滅をもたらすか、それとも人類が戦争を放棄するか?」という、きびしく、おそろしく、そして避けることのできない、二者択一の問題を提出しました。
まことに驚くべきことに、すでにそれより9年以前に、あたかもこの問題提起に応答するかのように、日本国憲法はこの二者択一の選びを選んで戦争放棄を宣言しました。すなわち日本国憲法の第9条はつぎのように記しています。
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条は、20世紀に日本が犯した侵略戦争と植民地支配の犯罪にたいする心からの謝罪と悔恨の表現であり、武器を持たない民主主義の国の意義と価値を表すものです。その意味で、世界中の国が、憲法9条を持つべきであると言えるでしょう。そして非暴力は、私たちの生活のすべてのレベルに生かされるべき軸なのです。
自民党政権は交代しましたが、9条「改正」の危険は存在しています。日本国の自衛隊と米国の軍隊の一体化によって見えない形で戦争に参加することになる解釈改憲による第9条の空文化の動きなど、この国を戦争をする国にしようとするいくつかの動きがあります。
私たちの課題
このような危機的な現状に対して、われわれ宗教者は座視していることができず、「アジア9条宗教者会議」を開き、2007年12月1日に声明を発して、その中で次のように述べました。
このような危機的状況にたいして、宗教者は座視していることは許されません。それぞれの宗教の教義に基づき::
―戦争は犯罪であること
―戦争においては、殺される者の体も、殺す者のたましいも失われることを確認します
―私たちは、いつ、どこでも憲法9条の理念を真剣に生き、実践すること
―あらゆる暴力の被害者のいのちと尊厳を守ることを誓います
すべての宗教は、国家と民族を超える普遍性を有していますが、今日、宗教が暴力を触発し正当化するために使われることが少なくありません。宗教者は、その本源の姿に帰り、人間が生きることにとっての真実を、その言葉と行動とにおいて、忠実に生きなければなりません。宗教は、平和など普遍的真理の表現を共同体として生き、告げ知らせるべきでしょう。違いを強調することは、分裂、敵意さえもたらすからです。
招き
私たちは信仰者として、永遠の生命に目覚めて無条件の愛に生きる道を、教えられて信じるものであり、この道にこそ非暴力の根源があると見ている者であります。「9条アジア宗教者会議」に参加する私たちは、「非暴力」という宗教的真実を立場として、戦争へとむかう思想や行為を拒否し批判します。そして第9条を守り、生かし、輝かして、すべての人々とくに暴力の被害者のいのちと尊厳を守り、「恐怖と欠乏から免れて、平和のうちに生存する(日本国憲法 前文)ことのできる生活空間を産み出し、尊敬し信頼しあうことのできる正しい人間関係を創りだしていきます。非暴力の原理を生きることは、ジェンダーとエコロジーの正義の実現に、私たちが社会で、また私たちが所属する教団において努力することも意味しています。
私たちは、戦争放棄と非武装をまず日本国の現実とし、さらにアジアの現実とし、やがて世界の現実とするための活動に賛同し、連帯されることを全世界の人民に呼びかけ訴えます。そして「戦争放棄」「非武装」という人類の悲願、この心底からの祈りをともに生きることを誓います。