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韓国強制併合100年日韓NCC共同声明書

日本キリスト教協議会と韓国基督教教会協議会は日本による韓国強制併合100年に当たる今年、以下のような共同声明書を8月15日発表する。
韓国においては、8月13日、旧西大門刑務所跡にて、日韓共同声明書発表のための記者会見が行われ、15日(日)には、「イエス・キリスト、この世の希望」の主題のもと開催される「韓国教会8・15大聖会」において発表される。この大聖会は、韓国基督教総連合会(韓基総)と韓国基督教教会協議会(NCCK)が主催し、ソウル市庁前のソウル広場と全国7都市、海外70都市で開かれる。総参加者数は100万人を予定している。(ソウル市庁前だけで20~30万を予定している)
日本からは、NCC総幹事代行事務取扱上田博子牧師及び日本福音同盟社会委員長荒川雅夫牧師が参加。

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韓国強制併合100年 
日本キリスト教協議会・韓国基督教教会協議会 共同声明書

日本キリスト教協議会(NCCJ)と韓国基督教教会協議会(NCCK)は、日本帝国による強制併合100年を迎えるに当り、ここに共同声明を発表する。この100年間、神が苦難の歴史を歩む私たちを守られ、導かれたことに感謝する。両国の教会は、過去100年の歴史において神のみこころに忠実に従うことができず、宣教的な使命を担いきれなかった罪を悔い、私たちは主に赦しを請い願う。ここに不幸であった過去の歴史を顧みつつ、神の約束なさった未来を拓くために、今日、私たちが担うべき課題について確認したいと思う。

1910年、日本帝国は武力によって「大韓帝国」を強制併合し、その後、植民地時代には、朝鮮半島において様々な形での抑圧と搾取に明け暮れ、さらに戦争を行って、朝鮮半島の住民たちを深い苦痛へと追いやった。このような植民地支配の結果、朝鮮半島は1945年の解放と同時に分断され、ついには1950年に朝鮮戦争が勃発することとなった。日本が朝鮮戦争を経済復興と更なる成長の決定的な契機として用いたのであった。このように、日本は朝鮮半島分断の原因となると共に、朝鮮半島分断により恩恵を蒙った。しかし、日本は現在に至るまで、植民地時代の過去の歴史について真実を明らかにすることさえしておらず、その苦しみを癒すための真摯な努力もしていない。さらに朝鮮半島の分断状況を、自国の再軍備と軍国主義路線復活の大義名分として利用している昨今の状況を深く憂慮するものである。両国の教会は日韓間の不幸な歴史を清算し、望ましい関係の構築を希求し、共に努力を重ねてきた。

特に韓国の教会は、日本の教会が植民地支配と戦争責任について、心からの謝罪と告白を継承してきたこれまでの歩みを高く評価する。1967年、日本基督教団が、「わたくしどもの祖国が罪を犯したとき、わたくしどもの教会もまたその罪におちいりました。わたくしどもは『見張り』の使命をないがしろにしました」と懺悔する「第2次世界大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を公表した。また、1995年日本キリスト教協議会(NCCJ)は議長声明「「戦後50年」のときに当たって」、並びに「日本の戦争責任と戦後責任に関する日本キリスト教協議会声明」を発表し、「日本におけるキリスト教界から国会への要望書」を提出した。さらに、多くの日本の教会が過去の植民地支配と戦争について罪と責任があることを告白した。日本の教会はこの告白を通じ、「新しい天皇制国家が装われつつある状況の中で、主イエス・キリストのみが教会と世界の主であるという教会本来の告白に立ち、ふたたびそのあやまちをくりかえすことがないように」決議し、「韓国・朝鮮にある諸教会、また在日韓国・朝鮮の主にある兄弟姉妹との和解と新たな交わりが与えられることを祈り求め」ている。

日本のキリスト者は、植民地支配の中にあって、日本帝国の統治に抗し、迫害されつつも純粋に信仰を守り、民族的な責任を担おうと努力した、当時の「朝鮮」教会信徒たちの苦難に敬意を表する。しかし、両国の教会が日本の植民地支配の末期に神社参拝を公に決議し、その結果として侵略戦争に同調した罪、植民地支配による過去の痛みを克服し癒すために積極的に取り組むことが出来なかったことを告白しつつ、神の赦しを切に願うものである。

私たち日本と韓国の両教会は、このような植民地時代に対する罪責告白に基づいて過去の歴史的な真実を絶えず明らかにし、共に確認し合った罪を告白し、心新たに和解と平和の新しい未来を共に拓いていくことを誓う。

強制併合100年を迎え、過去の歴史を清算し、新しい歴史を作るために、以下の事項をそれぞれの政府に求め、その実現を目指して、祈りかつ努力する。

1.日本帝国による100年前の強制併合は、武力の脅迫によって調印された条約に基づく不法な行為だった。日本と韓国の国会が、「1910年の日韓併合条約」が無効であり、35年間の植民地支配が不法であって、その期間中、朝鮮半島において起こった独立運動に対する植民地下の法による処罰が全面的に「人道主義に反する植民地犯罪」であったことを確認し、決議すること。

2.日本政府は、35年にわたる植民地支配の間、朝鮮半島に経済的な収奪を行って国民の生活の窮乏化をもたらし、その結果多くの人々やその子孫たちを、中国、ロシア、日本などに移住させるという苦痛を負わせたことを認めること。また、このために今でも日本に住んでいる者とその子孫に完全な永住権を保証し、民族的な少数者としての法的地位と権利を保障すること。

3.植民地時代の過去の歴史に関して、未解決のまま残されている「具体的な被害者
個々人に対する補償の問題」に関し、日・韓両国が個人の損害補償請求権を明確に認め、1965年の「日・韓基本条約」を改正すること。日本政府は、被害者の個々人が補償されるよう国内の関連諸法を制定すること。たとえば、日本軍「慰安婦」被害者、女子勤労挺身隊、韓国人原爆被害者、強制徴用、強制徴兵等に関わる被害者たちの権利の救済等である。これらの人々に権利があることを認めその権利回復のため、両国政府の合意の下に、「朝鮮半島の植民地犯罪に関する真実と和解委員会」(仮称)を設置し、その推進をはかること。

4.朝鮮半島の分断と戦争に、日本が今も歴史的な責任を負うがゆえに、日本政府は朝鮮半島における和解と平和、統一の実現のために積極的に支援し、協力すること。特に、日本・北朝鮮間の直接対話を進め、両国間の基本条約を締結して、植民地支配に対する賠償を行い、外交関係を樹立するために努力すること。

5.韓国政府は、過去の植民地支配の最終的な結果が分断であったことを明確に認識し、分断状況を解消するために積極的に努力をすること。そのために、韓国政府は冷戦的政策を捨て、北朝鮮との対話と交流の機会を増やし、朝鮮半島を平和にし一つの国になることを目指すこと。

6.私たちは、過去に対する明確な歴史認識に立たない限りこれらの要請の実現がありえないことを強調する。わたしたちは過去の歴史を歪曲しようとするすべての公的・私的行為を糾弾し、両国の政府が植民地時代の歴史を誰もが認める形で共有することを求める。過去の痛みを記憶する私たちは、日本が過去の軍国主義の路線を再び辿ることを案じている。日本が、平和を志向する国としての体制を確立し、韓国と共に東北アジアに平和を確立し増進させるため重要な役割を担うことを期待する。

韓国強制併合100年を迎えた今、日本と韓国が過去の歴史を清算し、協力、共生の未来を拓くことが出来るよう日韓の両国教会は神に切に願う。私たちはこれらのことが、神に従う信仰の道であることを確認し、この使命を担いうるものとなれるよう、神が導かれ、助けられることを祈り願うものである。

2010年8月15日
日本キリスト教協議会NCCJ
韓国基督教教会協議会NCCK

普天間基地返還についての要望書

2010年5月7日
内閣総理大臣 鳩山由紀夫様
防衛大臣 北澤 俊美様
日本キリスト教協議会女性委員会
委員長 田中 ゑみ


普天間基地返還についての要望書

 わたしたち、NCC(日本キリスト教協議会)女性委員会は、日本政府が沖縄の普天間基地返還について、沖縄県民の声に、真摯に耳を傾けることを要望します。
 我が国唯一の地上戦で、夥しい犠牲者を出した沖縄は、現在では米軍基地から戦闘機が出撃し、かつての被害者は加害者とさせられています。
 また在日米軍基地の75%が沖縄に押しつけられています。基地があることで、基地周辺の住民は飛行機の爆音に苦しみ、墜落事故に怯え、傍若無人な海兵隊員による性暴力事件の恐怖に晒されています。このような他国からの脅威を、アメリカの人々は実感できないと思います。
「ベルリンの壁」が崩壊し、東西冷戦の危機がなくなった今、極東への「抑止力」はもう必要ありません。
 今こそ日米関係を徹底的に見直すべきです。
日米安保条約を破棄し、真の信頼による新たな日米関係を築くときではないでしょうか。 
 わたしたちには、諸外国からも高く評価されている「平和憲法」<日本国憲法第九条>があります。
 『わたしたちは、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇、又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。』
 いわんや他国の紛争に加担することも永久に放棄する。
以上

Dear friends in the Churches of the United States of America

                                           National Christian Council in Japan
                                           May 21, 2010


Dear friends in the Churches of the United States of America,

We bring you greetings on behalf of the National Christian Council in Japan in the name of the Lord of Peace.
The purpose of this letter is to share with you our concerns over what is currently taking place in Japan in regards to the urgent situation affecting the relationship between the U.S. and Japan, namely the issue of U.S. military bases in Okinawa.
At present, Japan faces a crucial choice. The islands of Okinawa, which comprise the southern-most prefecture of Japan, are the location of a large number of U.S. military bases. Although the entire land area of Okinawa Prefecture is only 0.6% of the total land mass of Japan, some 75% of the US military bases stationed in Japan are concentrated in Okinawa
One of these U.S. military bases is the Marine Corps Air Station at Futenma, which is located in the middle of Ginowan City.* The base comprises 25% of the land area of the city and houses a dangerous heliport and other air training facilities. With its close proximity to the surrounding residential area, it became famous as “the world‟s most dangerous military base” in a quote by former US Defense Secretary Rumsfeld. The return of the Futenma base has been a long-standing earnest desire of the citizens of Okinawa.
When there was talk of the return of the Futenma base in 1996, everyone rejoiced. But it quickly became apparent that this was all a deception. The condition for the return was to find an alternate location. It turned out that the new location was the small fishing village of Henoko in Nago City. What this meant was that the beautiful coral reef, which had provided a livelihood for the villages and which was the seabed home of the endangered dugong, would now be destroyed with landfill for the purpose of constructing a military base for waging war.
This talk of relocation resulted in sit-ins by the elder men and women of the village who took action to prevent the construction of the base. This sit-in protest, which was joined by a large number of citizens including many Christians, continues now on a daily basis. The mayor and citizens of Ginowan City have said, “There is no place for such a base. We are happy if they take it away from Ginowan, but no other persons should be made to undergo the same sufferings.”
In facing the violence being perpetrated by the government in their efforts to construct the base, we have put our lives on the line in a non-violent movement to block the construction. Within this struggle, we have heard the following statements at Henoko.
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“We are not only opposed to the base construction, but are blocking war right here. In fact, we have stopped war from being staged from here for more than 10 years.”
“We can give up and become victims again, but we will never put up with becoming perpetrators by letting the base be located here for the staging of war.”
“There are no victors in war. Whether in winning or losing, all are wounded. But there are no losers in the struggle to protect life. Even those who are stopped from constructing the bases can join us in rejoicing that „We all decided to protect life!‟ “
“There is only one way for certain victory. That is to continue the struggle until we win.”
The National Christian Council in Japan is opposed to the construction of any new bases in Okinawa for the purpose of war. The people of Okinawa must not be made to suffer further by the construction of any new bases. At the same time, we must not permit the present situation to continue in which alternate sites are being sought to force the transfer and relocation of the bases within either Okinawa or elsewhere. We must never permit Okinawa or Japan to be forced to participate in war again.
As Christians, we believe that “Justice” and “Peace” are inseparably intertwined. Any justice that must be achieved by endangering peace is no true justice. We believe that when Jesus said “Blessed are the peacemakers,” (Matt. 5:9) he was not talking about the use of military might, but about peace that is obtained through unending efforts to build trust through dialog. Peacemaking cannot be achieved by military might.
The prefectural assembly of Okinawa has issued a declaration of opposition to the relocation of the Futenma base within the prefecture.
The prior government of Japan took the position that “since America says it is necessary, there is no way we can stop the relocation.” And now with the recent change of administration, the present government is being pressured to make a decision.
Please be aware of this situation. Become informed, pray and make appeals to the US government. This is the life and death appeal of the people of Okinawa who have the experience of suffering in wartime. This is also the heartfelt plea of all the Christians living in Japan who long for peace.
“Steadfast love and faithfulness will meet; justice and peace will kiss each other. Faithfulness will spring up from the ground, and justice will look down from the sky.” (Psalm 85:10~11)
May the peace and blessings of God be upon all of you.
Rev. Samuel Isamu Koshiishi, NCCJ Moderator
Rev. Aika Taira, Chairperson, Peace and Nuclear Issues Committee of NCCJ
*(see Wikipedia article on Marine Corps Air Station Futenma)

米国教会の皆さまへの書簡-普天間基地にかんして

米国の教会の皆様

日本キリスト教協議会から主にあって平和のご挨拶を申し上げます。
いま日本で起きている、米国と日本の関係に関わる重要な事柄、沖縄における米軍基地の問題について、米国のキリスト者の皆様に知っていただきたくお便り申し上げる次第です。

現在日本は大きな選択を迫られています。日本の最南端にある沖縄県には、米軍基地がたくさんあります。沖縄県の面積は、日本の国土面積の0.6%しかありませんが、日本全土にある米軍基地の75%がそこに集中しています。
その米軍基地のひとつ、普天間飛行場は宜野湾市にあるヘリポート(?)基地で、市の真ん中に、しかも25%もの面積を占めています。民間の住宅地が隣接しており、ラムズフェルドが「世界で一番危険な基地」と言ったことでも有名です。普天間基地の返還は市民の昔からの悲願でした。

1996年、普天間基地返還の話が決まりました。みんな喜びましたが、すぐにそれがまやかしだと分かりました。代替地を用意しろという話だったのです。代替地に選ばれたのは名護市辺野古という、小さな漁村でした。このサンゴの美しい海、人々が生きている海、ジュゴンの住んでいる海を、埋め立てて、戦争の基地を作ろうとしているのです。
まず、おじぃやおばぁたちが基地建設阻止のための座り込みを始めました。座り込みはたくさんの市民やキリスト者を加えて、現在も毎日続いています。宜野湾市長や市民も、「こんな基地はどこにあってもならない。宜野湾からなくなるのは嬉しいが、同じ苦しみを新たに誰かに味わわせてはならない」と言っています。ときに、暴力的な建設を進めようとする政府に対し、非暴力の阻止行動は、命がけになることもあります。けれども、辺野古で私たちはこんな言葉を聞きました。
「私たちは基地建設に反対しているだけではなく、戦争をここで阻止しているのだ。そして実際10年以上、戦争を止めてきたんだよ。」
「被害者になることは我慢したりあきらめたりすることもできる。けれど、基地をおくことで戦争を生み出す加害者になることは我慢ができない。」
「戦争には勝者はいない。勝っても負けても傷を負う。けれど命を守る戦いに敗者はいない。基地建設ができなかった人たちも、『命を守る選択をできた』と共に喜ぶことができる。」
「必ず勝つ方法が1つだけある。それは勝つまで続けること」

日本キリスト教協議会は、戦争のための新しい基地を沖縄に作ることに反対しています。新基地建設によってこれ以上沖縄を苦しめてはなりません。同時に、県内外を問わず基地の受け入れ先を差し出さねばならないような現在の状況をこれ以上続けさせてはなりません。沖縄を、そして日本を戦争に加担させてはなりません。
私たち日本のキリスト者は、「正義」と「平和」は一心同体だと信じています。正義を貫くために平和が脅かされるのは、本当の正義ではありません。イエスが「平和を実現する人たちは幸いである」(マタイ5:9)と語ったのは、武力ではなく、信頼とたゆまない対話によってのみ実現する平和を語っていると私たちは信じているのです。武力によって平和は作れません。

沖縄県議会は、普天間基地の県内移設に反対する声明を出しています。
政権の替わる前の日本政府は、「アメリカが必要だと言っているから止めるわけにはいかない」と言っていましたが、現在の政権は選択を迫られています。
どうぞ、このことを知ってください。知って、祈り、そして米政府に呼びかけてください。これは戦争で苦しんだ経験のある沖縄県民の必死な呼びかけであり、また日本に住む、平和を求める全てのキリスト者の心からの願いです。

「慈しみとまことは出会い、正義と平和は口づけし、まことは地から萌えいで、正義は天から注がれます。」詩篇85:11,12

皆様の上に神様の平和と祝福がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

   2010年5月21日      日本キリスト教協議会 議長 輿石 勇 
                     平和・核問題委員会委員長 平良愛香

地球温暖化対策基本法案で原子力発電を推進することに反対します

内閣総理大臣 鳩山由紀夫様

                地球温暖化対策基本法案で原子力発電を推進することに反対します
私たちは、地球温暖化が炭酸ガスだけによるものではなく、多くの学者が言っているようにもっと複合的な要素によって起きていることだと考えており、「温暖化対策のために火力ではなく原子力を活用しよう」というキャンペーン的な風潮に対しては大変疑義を感じています。
たしかに、空気中に炭酸ガスが増えすぎるのは良いことではないということも認識しています。しかし、原子力に頼ることは、それ以上に多くの問題をもっていると実感しているからです。以下、大きく二つの理由で、原子力発電を推進することに反対します。

Ⅰ 原発は炭酸ガスの抑制に寄与していません!

 電気事業便覧を基に原子力資料情報室がまとめた資料(原子力市民年鑑2009)によりますと、日本に於いて1966年に原発が営業運転を開始してからも、火力による発電量は増加し続けています。
 これは、原発は需要に合わせて出力を調整する小回りが利かないため、需要の変動部分には火力の補助電源を必要とするというのが根本的な理由です。
 更に、原発の大型化に伴い故障などの場合に備えて大型の補助電源が必要になり、これらを建設すると、何とか需要を生み出して電気を売らないと採算が合わなくなるというようなこともその理由となっており、悪循環を生み出しています。

 電力側は「発電時に炭酸ガスを出さない原発」などと宣伝していますが、原発は熱効率が悪く、膨大な量の温排水で海水を暖め、発電時でも海水中に溶けている炭酸ガスを空気中に大量に放出します。

 発電時以外にも、原発はコンクリ-トの固まりなので、これを建設するには膨大な石油を必要とし、ウラン燃料の発掘、精製、輸送、廃炉の処理にも石油を必要としています。それどころか、核廃棄物の処理、処分にかかるであろう更に膨大な石油の量は、電力会社ですら把握しておりません。これではとても「地球温暖化防止の切り札」などと言えるものではありません。


Ⅱ 仮に原発が炭酸ガスの抑制に寄与するとしても、次に述べる理由から原発の推進には賛成できません

1.日本に於ける原発の使用済み核燃料の放射能量は、広島型原爆の120万倍もあると言われています。これを数十万年にわたって安全に生物圏から隔離する技術を、人類は持ち合わせていません。
日本もやがて廃炉の時代を迎えようとしています。廃炉の放射能は使用済み核燃料ほどではないにしろ、量が膨大なのでその処分には子孫に大きな負担をかける事になります。
 現代の快適な生活のために数十万年にわたって負の遺産を子孫に残すことは、今に生きる人間として為すことではありません。

2.原発は定期点検などの際に被曝労働者を必要とします。彼らは正規従業員より弱い立場の下請け労働者が大部分で、通常人の被曝限度(年間1ミリシ-ベルト)の50倍の被曝限度まで働かせられ、累積被曝で発病しそうになると、放り出されます。彼らは使い捨て労働者として扱われているのです。

3.原発で作られた電気は都会に送られて都会の生活を豊かにしますが、原発は必ず地方の貧しい地域に補助金で釣られ押し付けられます。これは差別に他なりません。事故がなくても原発からは微量とは言え放射能を放出するので、住民は放射線障害の恐怖にさらされ、事故があれば真っ先に被害を受けるのは原発周囲の住民です。
特にひどいのは青森県六ヶ所村の再処理工場で、平常運転で原発の1年分の放射能を1日で環境に放出すると言われます。イギリスでもフランスでも、再処理工場の周りの汚染のひどさが明らかになっています。
「六ヶ所村は本州の北の果てだ」などと、のんびり構えてはいられません。放射能は食物連鎖などを通じて近い将来に必ず都会に住む人達の体内も汚染します。

4.日本の原発の特徴は地震地帯に建てられていることです。地球はこれから地震の活動期に入ると言われていますが、万一この狭い日本でチェルノブイリ級の事故が起きた場合、その被害は想像に絶するものがあります。
被爆者を収容できる病院も足りません。住居も、食料も足りなくなり、日本の国自体が崩壊する事態すら考えられます。

5.原子力発電はあらたな核武装の準備となる危険性があります。実際、安全性・経済性の面から全くメリットのない再処理工場をこんなにも動かしたがっているのは、そこで得られる核武装の材料が目的なのだと疑わざるを得ません。今日本は「核武装できない国」から「核武装できる国」になりつつあります。武器を捨てて、平和を実現させようとしている私たちの思いとはまさに逆行するのです。

 そのような中で「今から原発を推進する」というのは大きな方向違いです。手遅れになる前に、危険な原発から先ず廃炉にし、出来るだけ早く原発社会から脱却しなければなりません。
 私たちは改めて、地球温暖化対策基本法案で原子力発電を推進することに反対します。

2010年4月27日
日本キリスト教協議会
平和・核問題委員会委員長 平良愛香

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